血反吐吐いてるか?

絶体絶命保険屋ラジオ−保険営業始めました−

201104⑧

人生

自分の人生という考え方をすると点、というか短い線みたいになるが、先祖→自分→子孫という考え方をするとものすごい樹形図のようになる。自分の人生は自分のものでなく、先祖から受け継いで子孫に繋ぐためのシステムの一部だと感じられる。そう感じたとき、生きる意味を少し感じることができた。
ご先祖様と子孫に恥じない生き方をしなくてはならないという責任感を感じる今日この頃。自分の代で後世が飛躍するための土台を残す責任を背負っている。そう感じるようになり少し虚無感を克服した。

 

世渡り

「知と情 宮澤喜一と竹下登の政治観」とかすごく読みたい。私は世渡り上手として竹下登をものすごく尊敬している。御厨先生の竹下のオーラルヒストリーも扱ってたのを読んでる。竹下の恐ろしいまでの気配りエピソードならこの本がいい。竹下最強。http://amzn.to/eiBs90
竹下本や田中角栄本といった政治家本は世渡り術のケーススタディとして読める。

世渡りモデルとして
(1)人情味を切り捨てた合理的出世ロボ瀬島龍三
(2)人好きする性格で気配りをよくして周りに敵を作らず出世する竹下登。
後者は一見平凡に見えるが実態はきわめて非凡。どっちも怪物。

 

経済学

マクロのミクロ的基礎付けとかDSGEは実際に役に立たなかったとサマーズが言ってるらしい。こういうモデルの精緻化は経済学者の飯の種でしかないわけだ。 http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20110410/Summers_in_Bretton_Woods
実際にヤツに立つのはシンプルで頑健なもの。大雑把に正しければいい。使えないのは精緻で複雑なだけのもの。複雑になればなるほど変数や前提が増えて脆くなる。経済学者はエンジニアであるよりサイエンティストを目指しているのであまり実用性を考えてないのでこういう問題が起きる。

 

問題設定

問題設定の重要性はいくら言っても良い足りない。たぶんリフレ派は問題設定を間違えている。問題は経済学の問題じゃない。問題は日銀や財務省であっていくら経済学論争をしても無駄だ。目標設定→問題分析→問題特定→問題解決という点で、問題分析の段階でつまづいてる。
世の中のかなりの部分で、問題分析を疎かに、思いつきで問題を設定しすぎていると思われる。問題設定でしくじればどれほどがんばっても見当違いだ。
どれほど正しいことを言おうが、影響力がなければ意味がない。正しいことをしたい人間は、だれを説得するかの戦略や相手に伝えるためのコミュニケーション戦略が必要。政治力が必要。これは組織でも同じ。政治力学への目配りがない正論家は荒野で叫ぶ狂人と同じだ。
正論家や理想主義者でもかまわないが、理想が高いほど実行するための戦略性のハードルは上がる。それが分かってない人間を見るとイライラする。彼らは本気で何かをしたいのでなく、ぎゃあぎゃあ議論したり主張したいだけなのだろう。

 

戦略

戦略という点で石原慎太郎は大衆政治家としてきわめて有能。自信のある堂々とした態度、断言するスタイル、単純だがそこらの親父が納得しそうな発言、どれをとっても大衆政治家としてきわめて有能。物事は中身で決まるのではない、中身はわからないからイメージで決まる。何事もマーケティングなのだ。
ちなみに大前研一も昔都知事選に出たが、惨敗。「大前研一敗戦記」という本まで出してる。彼はふだんから理性的なコンサルや経営者を相手にしてきたので大衆相手の選挙にまったく向いてなかった。たぶん消費者向けマーケティングなどはやってなかったというのもあるのだろうけども。

経済学②

俺は投資に興味を持った段階で経済学の使えなさに直面して意思決定論や社会心理学に興味を持ったけど、そのなかでめずらしく納得できたのがミンスキーの金融不安定性仮説だった。http://d.hatena.ne.jp/bohemian_style/20081025/p1
ミンスキーはサマーズも認めるぐらいに偉い(ポストケインジアンであるミンスキーなんか主流であったサマーズは相手にしないと思ってた)。ミンスキーの議論は記述的でありモデルに乗らないので主流から相手にされてなかった。モデル至上主義者はもはや宗教家みたいなもの。現実が見えない。
日本語の本を読み終わったのでこれを読んでる。この表紙なのにPrinceton Univ Pr。経済学と経済学会への暴露本。経済学や経済学者がいかにインチキか縷々と書いてある。経済学部の諸君にお勧め。やや高度な内容もあるけど読めるはず。http://amzn.to/h1Oxt0

応用ミクロ全般は好きだ。マクロは現象として複雑過ぎる。それを理論化すると極端に単純化せざるえなくなってうそ臭くなる。それに対して応用ミクロは対象が比較的単純だからモデル化してもおかしくなる度合いが少ない。実際、応用ミクロの議論は面白いし示唆的。
昔はミクロつまんねー、マクロは現実的!とおもってたが、それは学部の入門レベルが抽象的だから。応用ミクロに進むと面白さが分かった。

http://amzn.to/fuYwhwを丸善オアゾでみたときに「また経済学批判か。もう何週もしてるよな」と思ったんだけどhttp://amzn.to/eZZ6PYの著者なんだね。説明見ると何らかの代替案みたいなのを提示してるっぽい。

経済学は、役に立つとか立たないとかを越えて、モデルをいじるのが好き、モデルは美しいと思えるタイプじゃないとやっていけない側面がある。確かに上手く作ってあるなぁと思うもの。初歩的なミクロの話からRBCとかに至るまで。モデルマニアでもいいけど気安く現実に当てはめるなよと思う。
でもなぜかマジに当てはめる人がいるんだよね……昔ルーカスが大恐慌で非自発的失業はなかったとかいったという恐ろしい話も。餓死者が出たのに……狂ってるとしか。RBCで大恐慌を説明すると技術退化と生産性低下ですが

「モデルは使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使い下さい」といいたいところだけど、どこにも使用上の注意も用法も用量も書いておらず行間を読んで自分で決めなくてはならないのがデフォ。モデルの安易な乱用は覚せい剤と同じぐらいダメゼッタイ。

 

 

人間が理性的だと思ってるヤツは目を噛んで史ね。感情が先にあって感情を正当化するように理性は働く。それを自覚していれば理性的になれるチャンスがある。

201104⑦

FX

FX考えると貿易がらみも考えざる得ない。国際マクロ……昔に国際収支の議論で一番スタンダードといわれた小宮隆太郎『貿易黒字・赤字の経済学』を読んだがほとんど覚えてない。
あと伊藤元重 『貿易黒字の誤解―日本経済のどこが問題か』なんかも面白かった。特に吉川先生の章はスタンダードなアブソープションアプローチへ疑問を投げかけ、貿易主導型の経済成長モデルが載っててびっくりした覚えがある。何事も教科書的モデルばかりが正しいわけではないというのを学んだ。
http://diamond.jp/articles/-/11818野口由紀夫さんのコラムだけど、この方のマクロ話いまいち信用できない。このあたりの議論を高橋さんや岩田さんなりにやってもらいたい。http://bit.ly/gUX4Cy
市場関係者、民間エコノミストは壮絶トンデモが混じってる。何とか証券or銀行エコノミストとかストラテジスト、あるいは何とか総研主任研究員みたいな肩書きはもっともらしい人たち。肩書きは立派だけど教科書レベルがすでにあやしいという。読み手もレベルが低いからそれでいいのだろうけど
野口さんはもともと公共経済学でPh.D.@Yaleを取った人で財政学や公共経済学が専門。雑誌記事とかにいろいろ書くけどマクロの知識は微妙なところが多い。
テレビとか雑誌にでてくる人はだいたいトンデモ。テレビだとわかりやすさ重視だから何でも単純にしゃべる人が出やすいんですよ。旧興銀の調査部なんて外国語学部出身で経済統計をグラフにして理屈つけるだけの人までいましたしね。かなり適当ですよ。

 

お喋り

ぶっちゃけキャラは隙が多すぎる。組織には向かない。組織に向くのは本音を隠し、偉い人の意向を探り、自分を殺し、偉い人に気に入られるタイプ。組織で勝ちたい諸君にはお勧め出来ない。ぶっちゃけキャラは戦略性に乏しく社会性にも乏しい。
イメージアップ大作戦として愛犬家であることをアピール。「ほらワンコって一途でかわいいじゃないですか、昔から友達が欲しければ犬を飼えっていうし!人間よりもずっといいですよ!」

 

組織と構造

あるシステムや構造を変えるのはきわめて難しい。そのシステムや構造が存続しているということはそれが存続するなんらかの力、あるいはインセンティブが存在しているからだ。内側から変えるのは難しい、誰かが外側から手を突っ込んで引っ掻き回すか、破綻するまで突き進んで行くかぐらいしか。
高橋洋一さんはやりすぎて「さらば財務省」になったし、経済産業省で公務員制度改革を積極的にやろうとした人は仕事干されたし。内側からは難しい。かりに東電の社長が改心して原発辞めますなんていえないだろうし。彼らもまたシステムに組み込まれた歯車に過ぎない。
世の中はなるようにしかならない。という社会に対する諦観。そして同時にどんな世の中であれ俺は生き延びて成功するのだという根拠なき自信。社会に理想を求めず、自分には理想を持つ。現実主義と理想主義の折衷。

 

議論

どんな議論であれ、実現可能性が低い議論は無意味である。
でも、無意味でも議論したり考えたりする楽しさはある。娯楽としての思考。

 

世渡り

田中角栄は官僚に個人的に小遣いを渡していた。天下り先も作ってやって面倒を見ることで官僚を自在に動かした。この官僚操縦術はすごいのだが、問題はその後の人間がそんな器用な事ができなかったということ。結果的に組織が肥大化して政治家が官僚組織をコントロールできなくなっていく。
いわゆる巨人の靴みたいなもので、巨人は履くことができるが、凡人は履くことができない。現代の官僚システムがそうなってるような気がする。
『政治と情念 権力・カネ・女』立花隆。http://bit.ly/hINjri

万人にとっての天国はない。どんな政治体制であれ、少数者による多数者への支配に過ぎぬ。少数者に滑り込むしかない。自分の代で無理ならば、子供の代で滑り込ませるように教育する。ハプスブルク家のように何百年もかけてじわじわ勢力を拡大するという超超長期戦略もある。
ハプスブルク家の歴史は興味深い、中世の複雑な婚姻制度、相続制度を巧みに利用して縁戚関係を広げ相続により領土を広げていく。まさに戦わずして勝つを地でいくのがハプスブクル家。小さな領主だったのが数百年かけて神聖ローマ帝国を手に入れることになる。自分の代でダメでも何代かけて進むのだ。

 


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201104⑥

サラリーマン

原発事故が浮き彫りにした東電の内部事情 http://s.nikkei.com/h8Wrsg
こういうのを見ると社長といってもサラリーマン社長では会社内部の権力構造に翻弄されるだけなんだなと。サラリーマンであればなんとか本体の役員か少なくとも子会社の役員あたりまでいけなければ会社にしがみついたってどうしようもない。
いわゆる偉い人たちも官界、財界、学会、政界、マスコミが複合した一つの巨大システムを構成してその中に組み込まれてるんだろう。すでに前任者が線路を引いているだろうから。彼らは意外と自由度が少なそう。彼らは金は大して持ってないが、社会的地位やネットワークはある。そこらへんは勝てない。
権力志向とか出世志向は多分戦史を読んだせい。超無責任体制で下のほうに無茶をさせて上層部は逃げ切りとかよくある例ばかり頭に入ってるから(かの有名なインパール作戦の牟田口中将だったり、フィリピンの富永中将とか)。普段は大丈夫でもいざとなれば切られる。
身を守るには、あるいは、もっと積極的においしい思いをするには金か権力が必要というのが頭に刷り込まれてる。みんなその意味で甘い。洪水がきたら人生楽しむなんて姿勢では飲み込まれて死ぬ。非常時に備えて着実に箱舟を用意。こういう最悪の事態を想定してしまうのが強迫観念なんだろうけどもそれでいいと思っている。最悪の事態でも生き残るのはそういう人間だから。

今回の原子力事故だって、楽観的に想定したからああなった。もっと悲観的に最悪の事態を想定して準備しておくべきだった。とくに原子力のように事故が起きると被害が莫大になる場合ならばなおさらだろう。でも民間企業である以上はコストを下げたいわけで……。安全とコストはトレードオフだからな。
自分の価値判断はたいてい、最悪の事態でも生き残るにはどうしたら良いかを基準にしているような気がする。

ビジネスにしろホロコーストにしろ原発事故にしろ事態が明らかになった後では遅すぎる。はっきりしないときに動くしかない。すべての情報がそろったときには遅すぎる。クラウゼビッツは不確実性を戦場の霧といっているが、戦場に限らずそこらじゅうに霧が出ている。霧が出ていているうちに決断するのだ
他人に振り回されたり、他人の犠牲になるぐらいならば、他人を振り回し、他人を犠牲にしてでも生き残る。

どんなに情報を集めてもすべてを知ることはできない。意思決定は常に飛躍している部分がある。ある程度集めたら、諦めて霧の中で決めなくてはならない。http://bit.ly/gTsxFU
クラウゼビッツ、韓非子、三略、孫子、君主論、黒厚学、菜根譚といった本はまさに実用的な知恵の塊。実務家が後世のために書き残してくれた宝。古典というと文学とか哲学ばかり挙げられがちだが、実用書の古典も深いのが多い。
バルタザール・グラシアンとかクニッゲとかもいいよと。ちなみに森鴎外はクニッゲの本を翻案して『知恵袋』という本を書いてる。鴎外の本の中で一番読むべき本はこれ。間違いなく生きるうえで役立つ。鴎外は世渡り上手だったしな。http://amzn.to/gT6Igw
ちなみに孫子は薄い文庫とか図解本でも良いから立ち読みとかしとくと吉。そういえば、毛利元就はものすごい陰謀家ですけど、彼の先祖は宮廷の学問係で兵法家でもある大江家であり、孫子、韓非子、鬼谷子そういう兵法や策略の本を読み込んでいたのではないかという指摘をしている本があった。

昔は本を手に入れるには手書きで写さなくてはならないし、兵法書は漢籍だから相当のインテリで無いと読むこともできない。そして兵法の知識は門外不出的な存在。こういう条件下で毛利元就は兵法を知ることで優位性を身に付けたのかもしれない。現代は本は買えるけど読む人がいない(笑)

孫子は突き詰めて言えば、戦わずして勝つのが目的。戦って負けるのは問題外、戦って勝つのは下策、戦わずして勝つのが上策。戦術の本ではなく、戦略の本。逆にクラゼビッツの戦争論は戦術の本。

兵法関係は、大橋武夫氏の本が手っ取り早い。氏は陸軍大学の専科を経て中国大陸で参謀を務め、戦後は兵法を経営に取り入れる兵法経営コンサルタントであり、兵法関係の解説書を大量に出している。親父の本棚に大量にあったのでこの人から兵法関係に入門した。http://bit.ly/buE3jo
「面の皮は城壁より厚く、腹は石炭よりも黒く生きよ」-これこそが儒教道徳の裏にかくされた中国四千年の真の成功哲学だ。清朝末期に発表され大反響を巻き起こした近代最大の奇書「厚黒学」http://amzn.to/gzMIy7
マキャベリとか韓非子と並びそうなのに知られてないのがこれ。『実利論 上―古代インドの帝王学』 カウティリヤ インドの君主論or韓非子とでも言うべき内容。http://amzn.to/e7ygFD

哲学や文学の古典はインテリの読書の対象になるけど、実用書の古典はインテリの対象に成りにくい。インテリは実務を軽蔑する高等遊民が多いからかもしれない。逆に実務家は古典なんてめんどくさそうな本は読まない。したがって古典の実用本は忘れられやすいのではないか。
マキャベリより少し後の人だけど、ぐんと知名度が落ちるのがフランシスコ・グイッチャルディーニ。ところどころマキャベリを意識したフレーズがある。付き合いもあったみたい。『フィレンツェ名門貴族の処世術』とかいい本だよ。http://amzn.to/egG8qs

昔の加藤の乱の失敗のときマキャベリを思い出した。マキャベリは反乱を起こすときは土壇場までそれを味方にも知らせず、反乱を起こす直前に伝え、裏切り者がでる余裕がない状態でそのままなだれ込めと指南している。

加藤の乱は始まってから自分の派閥をまとめきれず時間がたつうちに切り崩された。マキャベリがやってはいけないというパターンにはまって失敗した例じゃないかと当時思っていた。実際詳しいことはわからないので推測だが。

 

善意

孫さんの尊敬する坂本竜馬も武器商人であるだけでなく、沈んだ船にたくさんの金塊を載せていたということで、相手から多額の賠償金を騙し取ったという詐欺師的側面がありますから一概に悪いとも言えませんが、単なる善人ではない可能性が高い。
ユニクロの柳井さんだって10億寄付といっても税金の控除対象で懐は痛まないし、寄付といっても単純に善意の表れじゃないでしょう。
http://nosoftbankno.blog84.fc2.com/blog-entry-50.html http://www.sentaku.co.jp/category/economies/post-1579.php 孫さんの巨額義捐金について
孫さんは坂本竜馬を尊敬しているというけど、この二人に共通するのは山師っぽさがあること。
竜馬は武器商人でいろは丸沈没事件では載ってない小判や武器の賠償金を相手に払わせたりして山師を越えた詐欺師っぽさがある。
孫さんもそういう側面がある。単純に善意の人でなく、一筋縄ではいかない曲者。
http://kikuchi-blogger.blogspot.com/2009/07/part1.html 「
孫正義色あせた錬金術」古いけど批判的な孫正義論。やはり山師っぽい。もちろん超優秀な山師。彼に限らず一代で猛烈に大きくした経営者は山師の側面があるのでしょうけどね。
佐野眞一が週刊誌に連載した孫正義伝(連載は未読)の『あんぽん』の単行本化が待ち遠しい。朝鮮部落の掘っ立て小屋に生まれたみたいなところもはっきり書いてあるらしい。

201104⑤

営業

「営業と詐欺の間」という本がある。

この本は内容も面白いだけでなくタイトルが秀逸。嘘ではないが紛らわしい表現とか聞くたびにこのタイトルを思い出す。
例えば、ナイキは初めのころ世界大会で5位以内のうちナイキのシューズをはいた選手は2人だったというキャンペーンをしたらしいのだが、はいていたのは4位と5位。たしかに5人中2人だが下から二人だ。間違っていないが。明らかな嘘ではないが勘違いしやすい。商売はこれが許される。

A長所も短所もすべて明らかにしたもの
B長所だけ述べたもの(短所無視)
C嘘ではないが紛らわしいもの
D明らかな嘘
とあって商売ではAは副作用まで記載の薬ぐらい。普通はB、踏み込むとCで、行き過ぎるとDになる。
Cまでは商売上許される範囲。

 

モチベーション

結果はコントロールできないので、結果に焦点を合わせると不幸になりがち。
しかし過程はコントロールできるので、過程に焦点を合わせれば不幸になりにくい。

(△)なんとしても勝ちたい。
(○)勝ったほうが良いけど、それより全力を尽くせばそれでいい。結果として過程に焦点を当てて全力を出せば勝てる可能性は高まるし、失敗したとしても全力を出していれば納得できるので落ち込みにくい。
(◎)「勝ち負け(結果)は関係ない。ただ全力を尽くせばいいのだ」

強烈な欲求があるほうがおかしい。普通は微弱な欲求しかない。しかし微弱な欲求ではモチベーションとして弱すぎる。微弱な欲求を強烈な欲求に育てる必要がある。
微弱な欲求を書き出して、それについて普段から頻繁に眺めて考えることでどんどん欲求は強くなり動機付けされるようになる。最低でも朝食前後、昼食前後、夜食前後、寝る前に眺めたり、音読したり、考えたりすること。
望ましい自分、成りたい自分、欲しいもの、などなど具体的に。自分はこういうのを長年やってるが、それなりに成果はある。

 

すぐ習得できるか?

即興信仰とかヒラメキ信仰というのがあると思う。つまり準備なしでいきなりすごいことをひらめくというか、練習なしでいきなりできるとか。でもそれはたちの悪い幻想。アニメとか漫画のヒーロー像というか天才像に悪影響されてる。
たとえば、毛利元就は辣腕策略家だが十分な準備と時間をかけて着実に手を打っている。ヒラメキ型で短気そうな信長だって美濃を攻略するのに11年、6回侵攻して撃退されている。
時間をかけて着実に斎藤家の内部を切り崩し、試行錯誤して攻略している。長期計画を持って準備をしてトライアンドエラーをしているのだ。実際に短気だったとしても、長期戦略と準備と計算をしっかりしているという信長の手堅い側面をもっと見るべき。

 

モチベーション②

ハイデガーで有名な木田元も精神不安定だったのが語学の丸暗記に打ち込むことで精神的な落ち込みを克服したのは有名。意識を一点に絞って暗記することで前頭葉機能にでも変化が起きた?http://d.hatena.ne.jp/biaslook/20061117/1163761154
鬱々な君に語学猛勉強。一日十数時間ひたすら集中的に数ヶ月語学勉強するのが木田スタイル。
渡辺昇一と木田元の対談。語学の話に注目http://bit.ly/hINjri
どんなことでも三ヶ月ぐらい毎日10時間以上本気で勉強すれば何とかなることが多い。ほとんどの人はそれができないわけだけども。平均的人間の人生の密度はかなり低い。ちんたら何年もやってもあまり進歩しない。
突き詰めるとモチベーションなんだよ。どれほど頭が良くても要領が良くてもモチベーションが低ければどうにもならない。モチベーション管理こそがすべての鍵

フルマラソンへの道

体力作りの一環としてフルマラソンを行う。

 

現在のレベルは下記から引用して計測してみる。

ウォーキング・ジョギング・ランニング・マラソンの違いについて | GMOアスリーツパーク湯の丸

フルマラソン大会に出るまでのステップ

  1. ゆっくり歩きと早歩きを繰り返すウォーキングから始めて、週3回程度30分間歩く習慣がついたら、筋肉を鍛える補強トレーニングを加えていきます。

     

  2. 30分間のなかにウォーキング+ジョギング+ウォーキングというように、走ることを徐々に加えていきます。目標はジョギングのみで30分間続けられることです。

  3. 無理なく30分間走れるようになったら、時間を徐々に増やしていきます。次は60分間のランニングに挑戦です。フルマラソン完走の目標タイムを5時間と想定 して、60分間で約9km(1kmを6分40秒ペース)を走れるようにしていきます。ここで無理をしないことが大切です。

  4. 60分間で9㎞の距離を走れるようになったら、30kmのランニングに挑戦です。レースの3~4週間前に一度30㎞の距離を走っておくと自信にもつながり、メンタル面でも強くなれます。

 

現在のレベルは2を1kmを10分(100m/分)の速度でクリアしている。

人生はマラソンではなくゴールの無い遠泳だ。どこまでもどこまでも手足を動かして泳ぎ続け前にすすまなければならない。諦めて手足を動かさなくなったら沈んで死ぬのだ。

 

 

 

酸素

酸素が足りない。

階段登るどころか、少し歩いても、少し長く話すだけでも息切れしてしまう。

スクワットすると尋常じゃない息切れが襲ってくる。

ただ単に体力が無くなっているのかと思ったが、どうやらそれに加えて酸素の吸収がうまく出来てないっぽい。

 

気付くキッカケになったのは勉強をし過ぎたときに出る頭痛なんだが、この現象が起きる兆候としては集中が途切れることや文字が読めなくなったり等の認知能力の問題や、長時間の連続した酷使が挙げられる。現在は勉強したあとに嘔吐してしまうくらいこの現象が辛い。

 

昔、鬼トレってn-backゲームがあって、そのゲームをすると息切れを起こしていたが、脳を使うのにも酸素がいることが関係あるらしい。当時は栄養不足かと思ってた。

 

改善策としてよく、呼吸が浅いがために眠気を催したり集中が続かなかったりと言われているが、呼吸を深くしても姿勢正したりしても何も効果はない。

 

そうしてやっと単純に酸素取り込みの効率が悪くなってるのだと初めて気付き、酸素吸収効率上げるならランニングだろうと有酸素運動を始めてみた。

 

筋トレしていた頃は有酸素運動なんてと思っていたが、血管を増やし疲労回復や酸素量増加等を考えると、悪くはないんじゃないのかとも思う。

ちなみに毛細血管が増えるのはスロージョギングらしい。

 

自身の息切れ対策、頭痛対策、筋トレ効率アップのための有酸素運動を続けていきたい。

昔の自分との対話201104④

2011年4月④

リアルな理想の人格は瀬島龍三みたいなのがいい。常に無表情で本音は絶対言わない立身出世のためだけに生きてるような切れ者。ものすごい世渡り上手で大本営の上官にも、シベリアのロシア人にも、伊藤忠の上司にも取り入って出世しまくりみたいな。

考え方

価値中立的に考えるコツは、人間が野生動物を観察するような第三者的視点で見ること。たとえばライオンがシマウマを食べることを残酷だと感じないというのは第三者的な視点だから。あるいは宇宙人が地球人の生態を調べるように価値判断を停止して良い悪いは考えずどういう行動様式、生態かを観察する感じで見る。基本的に自分がどういう前提、視点で考えているか余り意識してないことが多いので、意識的に自分の視点を切り替えるといろいろ見えてくる。

視点の切り替えというアイデアは、水平思考で有名なエドワードデボノの本で学んだ。

綱引きのアナロジー

たとえば、何かが動いてる、あるいはある場所でうろうろしているとすれば、それは綱引きをしてる途中だと考えるとわかりやすい。たとえば円安に動いているのはおそらく協調介入でなく、アメリカの金融緩和の出口戦略が話題になっているから。

普段から、この動きの後ろ側には何があるのか考えておくことで、これがこう変われば、こっちに動くみたいに考えられる。たとえばトヨタがブレーキ問題で下がっていた時は、それが圧力で上がらなかった。濡れ衣が晴れたらトヨタは上がりだした。上がる要因、下がる要因はみんな注目するが、上がるのを阻害する要因、下がるのを阻害する要因は見落としがち。トヨタの例ははじめは下げ要因であり、その後は上がるのを阻害する要因になった。綱引きで動かないからといって、力がかかってないわけではない。

大きく分けて4つの要因。上がる要因、下がる要因、上げ阻害要因、下げ阻害要因。書き出しておくと便利。あと変化と水準を混同しないこと。バブル崩壊直後に、日本経済の水準はまだまだ高いといっていた人がいるが、方向性は下だった。重要なのは水準でなく変化や傾きのほう。

経験

完璧な本というのは無くて、自分で経験したり、いろいろな本を読んで自分で取捨選択して自分なりの考え方を身に付けるしかない。変化と水準の混同とか良くあるけど、実際に意識したのは『株式相場のとらえ方―投資環境の大勢変化を読む』を読んでから。知られざる名著。

私利私欲

自分の甘さを感じる、昭和史に興味があっていろいろ読んで、戦争前後のろくでもない意思決定をいろいろ知識としてしっていたくせに、まだ世の中に幻想があった。通常状態で自分の利害と保身を追及するだけでなく、非常時でも利害と保身が最優先するという現実から目を背けすぎていた。この世の多くは非常時でも自己利益と保身が最優先する。その結果社会がどうなると関係ない。これは人間の生態なんだ。どうして俺は直視できなかったのだろうか。財務省も日銀も景気を良くするインセンティブはあまりない。彼らは景気と関係なく給料はもらえる。むしろ世間で景気が悪くなるほど民間と比べて相対的に給料は高くなる。財務省は増税することで権限が強化。不景気で税収が少ないほど予算配分で他省庁をより強く締め付けやすい。役人は権限の拡大、天下り先の拡大がインセンティブ。政治家は好景気であるほど支持率があがるので景気を良くするインセンティブがある程度あるはず。(クリントンがモニカ・ルインスキー事件を乗り越えたのは景気がよかったからといわれてる)実際は財務省の言いなりに成りやすいわけだが。

政治家操縦術

橋龍も財務省にそそのかされて、大丈夫だというから、消費税上げて景気を失速させたしな。政治家は細かいことはわからないから官僚に頼らざるをえない。このため官僚は自分たちの都合のいい考え方を吹き込むことで政治家を操縦することができる。

元役人がかいた「仮説思考」という薄い本に、A省(多分著者の出身母体の農水省)が細川政権時の細川首相の行動パターンについて仮説を立てた例が載っていた。それによると、細川首相は人から聞いた話を鵜呑みにして自分の意見のようにしゃべる傾向があるという観察から仮説を立てて実際に、レクチャーした後にどういうことをしゃべるか観察したところ、実際にその仮説どおりに行動したので、主義主張はあまりない人物であり、レクチャーすれば操れると判断してどんどんレクチャーしたという話がある。まさに政治家操縦術である。

人間

どれほど経済学者なり評論家なりが立派な正論を言おうが、利害と保身と利権と感情の前では無意味である。現実は利害と保身と利権と感情で動いている。発言してる人間も発言に納得している人間もそこが分かってない。現実を動かせない「べき論」など暇つぶしに過ぎないのだ。正論家ほど、どうやれば自分の意見が通るのか、現実をどうやって動かすのかとかまで頭が回らない。正しい意見を言えばそれが通る、あるいは通るべきと思っている人間は現実が分かってない子供だ。だから通す、動かす工夫を考えない。

社会規範

社会規範を真面目に受け入れちゃったり、深く考える人間ほど鬱っぽくなったり、哲学とかに行ってしまう。

社会規範や正義は支配層が被支配層を支配するためのイデオロギー兵器というか建前に過ぎないというのがプラトンの国家に出てくるトラシュマコスの議論ね。社会規範とか道徳とかそういうのはくだらん建前、人生は闘争、人は人に対して狼、勝てばいいんだよと考えて好き放題やるヤツが最後に勝つ